日本におけるラジオ的メディア ー電波放送からvoicyまでー

日本におけるラジオ的メディア ー電波放送からvoicyまでー

2018-06-08 0 投稿者: guntou

この記事について

ラジオは旧いメディア。現代日本で、ラジオがそのようなイメージを抱かれていることは否定できないかもしれません。あなたはどんな印象をお持ちですか?

また一方でradikoの機能拡充、またvoicyなどの個人のボイスメディアのウェブ放送は盛んに行われるようになってきています。

本ページでは、音響技術の基礎的な資格を持ち、コミュニティFMやミニFM放送の経験もあるぼくが、ラジオ(ラジオ的メディア)の受容のされ方がどのような変遷を経て、今日の状況になってきたのかをたどっていきたいと思います。音声メディアの立ち位置はかなり柔軟に時代に適応してきており、voicyが流行りそうな背景についてのヒントも得ることができそうです。

ラジオ放送のはじまり

日本のラジオ放送は1925年に開始されました。まず日本におけるラジオ放送の特徴として、政府が主導で現在のNHKをつくり、ラジオ放送を開始したことがあげられます。これには、ラジオ放送によって全国の国民に同一の情報を行きわたらせ、国家をまとめようとする思惑もあったのでしょう。

しかし、放送開始からすぐに全国にいきわたるようなことはありませんでした。送信設備が追い付かなかったのはもちろんなのですが、当時のラジオ受信環境、リスナー側の敷居が高かったことも一つの要因です。

当時一般的であったラジオは、鉱石式レシーバと呼ばれるもので、安価かつ手作りで制作できる簡便さの反面、ヘッドフォンを耳に当てなければ聞くことができませんでした。(「鉱石式レシーバ」画像検索結果)スピーカで再生できる真空管式ラジオも存在していたのですが、非常に高価で一部の裕福な家庭しか購入できない代物でありました。1926年におけるシェアは、鉱石式70.5%(ひとりで聞く)、真空管式29.5%(みんなで聞く)でありました。そのため、1920年代のラジオは個人で耳に当てて聞くことが普通であったようです。このように、ラジオはまず大きなモノ(政府やニュース)からの情報発信を個人が聴取するメディアとして受け入れられました。

ラジオ体操の普及

そのような、受信環境を変化させるきっかけになったのがラジオ体操です。ラジオ体操は1928年11月1日午前7時、東京ローカルで放送開始され、翌1929年2月11日に全国中継に拡大されていきます。ラジオ体操には、昭和天皇の大礼記念事業ならびに、簡易保険局による国民の健康増進という目的があり、放送開始前には大々的に宣伝がされました。

ですが、ここで問題が生じます。先ほど述べた通り、当時のラジオ受信環境は有線のレシーバを耳に当てながら聞くことが一般的であり、聞きながら体操をするなどということは困難であったのです。その時の簡易保険局規画課長(この課でラジオ体操の運営がされていた)である進藤清一も、その状況を認知していました。彼は、徐々に拡声器タイプのラジオも手に入れやすくなるだろうし、入手が難しい場合でも学校など公共施設には機材を貸し出すことで、そこに集まって体操を行えばコストもそこまでかからないと考えました。

実際、1931年ごろに電灯線をつかう真空管式受信機(=交流電源、電池いらず)が広まり、以後大勢でラジオ体操をする環境を、容易に設けられるようになっていきました。このようにして、ラジオ体操は、全国統一された放送を多人数で聞くという、ラジオ聴取文化の形成の担い手となっていったのです。裏返せば、日本のラジオを聴ける範囲が、日本という国であったというようなものです。

戦後

戦後、1950年代になるとトランジスタラジオの生産量が増大し、ラジオは2世帯に1つの割合にまで普及します。また、1960年代にはテレビの台頭によって、ラジオの聴取時間は極端に減っていったようです。現在はテレビが減ってネットが増える傾向のようですが、似たようなことが起こっていたのですね。

 19601965
テレビの視聴時間56分2時間52分
ラジオの聴取時間1時間34分27分

個のメディアへと回帰するラジオ

こうしたラジオ取り巻く状況のなか、新しい聴衆形態として、個人聴取が広まっていきます。放送局も、ラジオ台数増加ならびに一家団欒のメディアの座をテレビに奪われたことから、聴取者細分化の番組編成を行っていきました。これは、例えば朝は男性向け、午前中は女性向けといったように、リスナー層に合わせて番組を構成していったということです。

さらに個人聴取形態に拍車をかけたのは、1960年代の自家用車の台数増加、つまりはカーラジオの普及である。これにより、各放送局はドライバー向けの交通情報などの放送にも力を入れるようになった。

最初期のラジオは、ラジオという機械の物理的な制限から、個人メディアとなっていましたが、1960年代以降のラジオの個人メディア化は、配信される音声の中身、ソフト自体が個人向けになっていったわけです。NHKも1968年に、ラジオ受信料を全廃、カラーテレビ受信料を新設しています。

深夜ラジオ

そのような個人聴取増加の中、それを象徴づける番組が1966年にラジオ関東で開始されました。若者向けのオールナイト放送です。オールナイト放送そのものは、それ以前にも行われていましたが、歌謡曲を流したりする高年齢層向けの番組が主で、若者向けというのはそれまでありませんでした。

新しいオールナイト放送は、深夜まで試験勉強、受験勉強を続けているような学生が多く聴いており、番組パーソナリティが電話や手紙でリスナーとも交流するという内容が人気になっていきました。他の家族が寝静まっている中、一人の部屋でラジオを付けてトークや音楽を楽しむ。これぞ、まさしく個人聴取であり、そのような聴取環境が珍しくなくなったのが、戦後の日本におけるラジオの受容のされ方です。

現在も深夜番組のターゲットの主流は、高齢者というより、比較的若者向けであることは変わっていません。ラジオ体操の時代に比べると、番組の内容は一律的なものでなく、趣味趣向に切り分けられていったのです。

ラジオ2.0?

現在、ラジオ受信機は手軽に入手でき、聴取の仕方も様々でしょう。わざわざ集まってラジオ番組を聞くということはないにしろ、飲食店でふとかけっぱなしになっている放送を聞いたり、災害時の情報収集に利用したりなど、身近なメディアであることは確かでしょう。

なかでも、特筆すべきはradikoの存在です。radikoはラジオのIPサイマル放送、つまりAM/FM地上波で放送している番組を、同時にウェブ上で聞くことができるシステムです。聞き逃した番組をあとで聞きなおせるタイムフリー機能なども追加されていっています。また、居住エリアでは聞けない放送局も、エリアフリー機能を利用して聞くことができます。(有料機能)

インターネットに繋がってさえいれば、PCやスマートフォンを使って簡単に聞くことができるという状態は、個人化が一歩進んだ状態だと言えるでしょう。PCは名前の通りパーソナルなコンピューターであるし、スマートフォンなどの携帯端末も個人が常に持ち歩くタイプのデバイスです。そういった現状を見ると、ラジオはさらにパーソナルなもの、個人で受容するものという側面が強くなっているのではないかと考えられます。

最近盛り上がりを見せているvoicyはさらに、個人化が進んだ例です。voicyは発信側しゃべる側も個人であるからです。決してマスではない、とある個人のボイスメディアを、個人が聞く時代へと移りつつあるといえます。voicy以前にも、youtube等の動画サイトに音声のみでおしゃべりをアップロードして楽しむという様子はありましたが、個人の声と個人の耳を直接結び付ける専用プラットフォームであるvoicyは非常に興味深いものがあります。

また、voicyに限ったことではないですが、番組の外側、たとえばTwitterをはじめとするSNSでの盛り上がりが起こることも、指摘しておくべきでしょう。voicy配信者がSNSで番組の宣伝をすることはもちろんですし、聞いたひとがSNSに感想を述べることで、個人to個人の双方向コミュニケーションが生まれています。さらに、ハッシュタグなどをつけて有象無象の感想が集まる様子は、ラジオが失った、“みんなで集まって居間で聞く”状態のアップデートされた姿なのかもしれません。学校のクラスには同じ番組を聞いてる人はいないけれども、SNSではたくさんの同志がいる状況はなんと心強いことでしょうか。

これらのような特性から、ネット上のボイスメディアは、深夜ラジオに投稿するよりも、よりスピード感があり熱をもっているような印象をうけます。それに加え、文字だけのSNSに比べ、情報の受け取り手が文脈を把握しやすいためネット炎上しにくいというメリットもあるようです。

おわりに

ほんとに電波のラジオを飛ばそうと思ったら、機材にお金がかかることはもちろん、電波法などの法規制もあり、あたらしくラジオ局を開設するにはなかなか難しいものがあります。おしゃべりを録音して配信することがスマートフォンひとつでできてしまう、ボイスメディアがこんなに敷居が低いのは人類初の状態でしょう。

一方で、音声自体の質という意味では、専門のミキサーさんがいる既存ラジオ番組のほうは負けていないなとも僕は感じています。voicyに限らず、音質で損している配信はたくさんあるなあという印象です。

スマートフォンで音声を取るにしても、スマートフォンだけでは質の向上はなかなか厳しい部分があるでしょう。(ただスマートフォンは電話ではあるので、人の声を録ることと聞くことには向いています。)

スマートフォンのスペック争いは、カメラや画面の綺麗さが主ですが、もし音声メディアが台頭してくるようなら、録音機能でスペックを極めるような機種がでてきても面白いのになあと思いました。また、コンプレッサーやイコライザの調整を自動でうまくやれるような音声編集スマホアプリなんかが広まっても良いでしょうね。音響オタクの自分としては、そんなところに期待をしてしまいます。

 

参考資料

  • 黒田勇『ラジオ体操の誕生』青弓社、1999
  • 竹山昭子『ラジオの時代―ラジオは茶の間の主役だった―』世界思想社、2002
  • 日本放送協会編『放送五十年史』日本放送出版協会、1977


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