取引所に預けた通貨とハードフォーク ~コインはだれのもの?

取引所に預けた通貨とハードフォーク ~コインはだれのもの?

2018-06-02 0 投稿者: guntou

はじめに

本記事では、ある仮想通貨がハードフォークし、新たな仮想通貨が付与される場合、取引所に預けていた分は誰のものかという問題について検討していきます。

みなさんの中には、取引所に預けていた分についてもハードフォークによって得られるはずだったコインを付与してほしいと思っているかたもいれば、そのような配慮は無用であると考えている方もいるでしょう。ぼく自身、取引所も利用していますし、自分で管理するウォレットを通じてハードフォークによってコインを得たこともあるので、どちらの気持ちも非常によくわかります。

また、職業上、税務的な観点から、現在の裁判例を考察したこともありましたので、その時の知見も交えながら検証をしていきます。

 

2018/5/31に、ハードフォークによって生じたにも関わらず、取引所から入手できていないコインについて、集団訴訟を起こす旨が、弁護団によって表明されました。https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000006.000034491.html

この表明を受けて、ツイッターなどでは様々なコメントがされ、賛否どちらの意見もそれなりにあり、またどちらの意見もそれなりの筋は通っているように思えました。

このページでは、中立的な立場から、取引所に預けている仮想通貨とはどういうものなのか、仮想通貨に所有権は認められるのか、という部分について考えていきます。

  • 仮想通貨の法的問題について知りたい
  • ハードフォークしたにもかかわらず、取引所が未対応のため、入手できていないコインがある
  • コインの取り扱いは自己責任であるのに、取引所へ責任を転嫁するかのような訴訟を起こすことに疑問を感じる

という方などの参考になれば幸いです。

疑問、質問、ツッコミ等あればぜひどうぞ。

 

ハードフォークしたコインの所有権は?

まず、ハードフォークしたコインは誰のものか、という点について賛否どちらも、その主張を概観してみます。説の名称は、ぼくがとりあえず勝手につけたものです。ネット上で垣間見た意見を整理してまとめています。

自己責任説

この説は、ハードフォークした新コインが、取引所ユーザー側、利用者側の手元に渡らなくても仕方ない、という見方です。

ハードフォークはある日いきなり突然起こるというより、事前にある程度に日時を知ることができます。

また、仮想通貨の保存方法に関して、取引所に塩漬けにしておくような行為はセキュリティ上危険であるため(coincheckのnem盗難事件が最たる例です)、自己の管理するウォレット上で保管するのが推奨されています。

これらをまとめると、ハードフォークが発生することを知っていたならば、それに備えて新コインを得られるような保存場所に移転させておけばよく、そのような対策を取らなかった人については、いちいち取引所がすべてフォローする必要はないという見方ができます。

厳しい見方ではありますが、取引所と利用者の間であらかじめ、ハードフォークの対応については取引所が責任をもつという契約でも交わしていない限りは、自己の責任においてコインの管理が必要だというのは理解できます。

利用者帰属説

これは、あまり説明はいらないでしょうが、自分の預けていたコインがあるおかげで、ハードフォークした新コインを入手できるのだから、当然それも自分の物であるという考え方です。自分の所有物から生まれいでた権利なのだから、取引所は求めに応じなければいけないという主張の気持ちは非常によくわかります。

どうやって判断すべきか

やはり、最終的には法律で判断することになるでしょう。

ハードフォークしたかどうか以前に、仮想通貨そのものの所有権について考えてみる必要がありそうです。

 

仮想通貨の所有権 裁判例ではどうなっているか

仮想通貨の所有権については、すでに裁判例があります。ここで一度、現状の法律上の仮想通貨の捉え方について、整理してみます。

取りあげるのは、このテーマではよく引き合いに出される、東京地方裁判所「平成26年(ワ)第33320号『ビットコイン引き渡し請求事件』」(平成27年8月5日)です。以下、本事件と呼びます。

本事件ですが、判例集には未掲載かつ、ウェブ上にも公開されていないため、参考としてLEXデータベースの事件解説記事のリンクを貼っておきます。事件そのものの解説はそちらを参考にしていただくのがわかりやすいでしょう。

裁判の結果

結論からいうと、本事件では“仮想通貨に所有権は認められない(仮想通貨は所有権の対象ではない)”と判断されました。

前提の背景として、もともとこの事件は、マウントゴックス事件に端を発し、要は“ゴックスされた方”が「私のビットコインを全部丸ごと返せ」と訴えたものです。2018年現在、ビットコインの価格は1BTCあたり100万円を超えるレートとなるときもあり、むしろゴックス被害者に満額で返済をしても、マウントゴックス側にお金が余るぐらいの価値になってしまっているようですが、本事件の当時はレートがそこまで高くなかったため、それぞれの被害者に被害額が100%返ってくるかどうかわからない状態でした。このような場合、被害者の被害額に応じて、マウントゴックスに残っているお金が按分されて返済されることになるのですが、本事件の原告の方はそれでは納得できなかったようで、訴えを起こしたようです。

詳しい主張のロジックの説明は他に譲るとして、端的にひらたく言えば、

  • 仮想通貨に所有権が認められる→原告(ゴックス被害者)の勝ち
  • 仮想通貨に所有権が認められない→被告(マウントゴックス側)の勝ち

ということが争点となり、原告敗訴、マウントゴックス側の勝ちとなりました。

 

所有権とはなんだ

所有権とは、民法206条に規定されており、その所有物を自由に使用、収益、処分できる権利です。

ここではジャイアニズムは通用しませんね(笑)。お前の物はお前の物、俺の物は俺の物、各自それらをどうするかは自由。これが所有権でしょう。

 

所有権があることを認めるには要件が3つ必要と本事件の裁判では明示されています。

  1. 有体物=法律上の「物」であること。
  2. 排他的に支配できること(排他的支配性があること)
  3. 非人格性があること

まず、3について、仮想通貨は人ではなく、当然人格もないので議論の対象からは外れました。(ここでいう人格とは法律上の意味です。参考はこちら大辞泉の4番。)

 

また排他的支配については、

(判決文の引用ですが長いので飛ばしても大丈夫です)

「ビットコインネットワークに参加しようとする者は誰でも、インターネット上で公開されている電磁的記録であるブロックチェーンを、参加者各自のコンピュータ等の端末に保有することができる。したがって、ブロックチェーンに関するデータは多数の参加者が保有している。」
「口座Aから口座Bへのビットコインの送付は、口座Aから口座Bに「送付されるビットコインを表象する電磁的記録」の送付により行われるのではなく、その実現には、送付の当事者以外の関与が必要である。」
「ビットコインの仕組み、それに基づく特定のビットコインアドレスを作成し、その秘密鍵を管理する者が当該アドレスにおいてビットコインの残量を有していることの意味に照らせば、ビットコインアドレスの秘密鍵の管理者が、当該アドレスにおいて当該残量のビットコインを排他的に支配しているとは認められない。」
「特定の参加者が作成し,管理するビットコインアドレスにおけるビットコインの有高(残量)は,ブロックチェーン上に記録されている同アドレスと関係するビットコインの全取引を差引計算した結果算出される数量であり,当該ビットコインアドレスに,有高に相当するビットコイン自体を表象する電磁的記録は存在しない。」

と堅苦しいですが、上記のような判断がなされ、ビットコインには排他的支配性はないとされました。

 

さらに、有体物かどうかについても

「ビットコインは、「デジタル通貨(デジタル技術により創られたオルタナティブ通貨)」あるいは「暗号学的通貨」であるとされており、本件取引所の利用規約においても、「インターネット上のコモディティ」とされていること、その仕組みや技術は専らインターネット上のネットワークを利用したものであることからすると、ビットコインには空間の一部を占めるものという有体性がないことは明らかである」。

と判断され、ビットコインは法律上の物ではない、だからビットコインには所有権もないとなったわけです。所有権が認められないため、破産法上の取戻す権利も認められず、原告の主張は通らずということになりました。

ぼくも所有権そのものについて詳しく知らないので、具体例を解説できないのですが、所有権があるとないとでは、適用できる法律に差が出てくるということでしょう。

疑問点

とはいえ、この判決には少なからず、疑問も生じます。

たとえば、ペーパーウォレット、ledgerやtrezerなどのハードウェアウォレットに保管された状態では、仮想通貨は有体性を持ち得ます。排他的、つまり自分だけのものとして支配下に置くことができます。つまり、判決のロジックの例外的パターンがあり得るわけです。このような場合において、どのように捉えるべきかについて、本判決ではなにも言及されていません。

また、仮に、仮想通貨が有体物なんて絶対にありえないとしても、では仮想通貨は無体物であるのかどうか、無体物であるとしたらどのような立ち位置にあるのか、という論点は裁判上では触れられていません。

 

参考として、Suicaなどのいわゆる電子マネーは、カード型や携帯端末型などですが、それらについては、マネー発行会社との金銭債権であるという見方がされています。ですが、ご存知の通り、仮想通貨は基本的に発行体がないことが特徴であるので、電子マネーの考え方をそのまま採用するのには無理があります。このような部分も仮想通貨の検討課題であるでしょう。

 

取引所に預けている仮想通貨とはどういうものなのか

ハードフォーク訴訟弁護団の主張…預金のようなもの?

さて、今回訴訟を起こす弁護団は、法律上どのようのに仮想通貨を捉え、訴えを提起していくのでしょうか。

ハードフォーク訴訟弁護団のウェブページに記載されている情報をもとに、整理してみます。(なお、ウェブで公開されている情報をぼくなりに解釈した結果ですので、実際の裁判では違ったロジックが展開されることもあるでしょう。詳細は当該弁護団までお尋ねになってください。)

 

ハードフォークしたコインの移転を申し出る根拠は、弁護団のFAQに掲載されていました。https://cryptocurrency-law.net/faq

どうやら、前述した仮想通貨の所有権について直接争うのではないようです。

弁護団としては、取引所とユーザー間の契約は、銀行と預金者における消費委託契約に相当すると考えているみたいですね。取引所に預けたコインというのは、銀行に預けた預金に近いという考え方の方向性のようです。よって、

ある仮想通貨についてひとたびハードフォークが生じると、ハードフォークが起こる前の過去にまで遡って、その仮想通貨は新旧のコイン両方の価値を有するものであったということになります。つまり、顧客がハードフォーク前から取引所に預けていた仮想通貨については、ハードフォークが起こると、当初から新旧の両方のコインを預けていたということになることを意味します。
そうすると、取引所としては、上に述べたとおり、顧客の求めがあれば、預かった仮想通貨と同種・同等・同量の仮想通貨を返還する義務を負っていますから、ハードフォークによって生じた新コインも旧コインと同様に顧客の求めがあれば返還しなければならないと考えられます。

と展開しています。

所有権について真っ向から争うのは難しいと判断しているのかもしれませんね。

預けたコインは引き出し請求権か?

一方、

という捉え方もあります。

預けたコインを取引所から引き出すこと、任意のアドレスに送金することを求める権利はあるが、それは預けたコインのみについてだけであるという見方です。取引所は本来、コインの保管場所ではなく、売買市場なわけですから、そのような考え方に筋は通っているでしょう。また大石氏のおっしゃる通り、取引所がすべてのハードフォークに対応しきれるかというと、現実としてなかなか難しい面があるのだろうと推察します。根源的に、取引所はハードフォークに対応する義務などないけれども、場合によっては顧客サービスのひとつとして新コインの頒布をしてきただけだと捉えられます。

 

さらに複合的な解決策として、仮想通貨に所有権はないということが変更ないとして、新コインそのものが取引所から付与されることは無理でも、同価値の金銭すなわち日本円が与えられるというケースも考えられます。この場合は、新コインを利確したものとして自動的に課税対象になってしまう可能性があるという問題もはらんでいます。ハードフォークによる新コインを、すぐ売却するつもりだった人は、それでもいいかもしれませんが、ホールドするつもりだった人には受け入れ難いでしょう。

 

今回のハードフォーク訴訟は、集団訴訟とのことですので、どれだけの人が訴えに参画するのか、また実際にはどのような法的ロジックで訴えを構成するのかには、今後も注目し情報をアップデートできたらと思います。

 

似た話

少し仮想通貨からは離れまして、明治の電気泥棒の話、ご存知でしょうか?明治時代に、勝手にケーブルを引いて電気を盗んだ者がいたのですが、当時の法律上、電気は物として扱われなかったため、泥棒・窃盗の罪に問われなかったというものです。

現在は刑法245条において「この章の罪については、電気は、財物とみなす。」と特段の制定がなされているのですが、その事件を受けて追加された法律だということです。

「財物」とは「保護に値する価値または効用を有し、窃盗・強盗・詐欺・恐喝・横領などの犯罪の客体となる物」(大辞林)と説明されています。つまり財物とは、基本的に物、すなわち上記で散々出てきた有体物を対象とした概念であろうと考えられます。しかし、財物とは何かについて法令中で具体的に定義されているわけではないため、その定義については争いがあります。ニッポニカで「財物」を引くと、ある説では、たとえばメーターによる測定のように物理的に管理可能性があれば、無体物でも財物に該当しうるとしています。なんだか、仮想通貨もこの辺に引っかかる余地はありそうな感じがします。

ここで注目したいのは、時代の変遷や技術の進歩に合わせて、個体性の乏しいものに関しても、有体物と似たような法的立ち位置を認めるような判断がなされてきたという事実です。有体性や管理可能性で判断を下すことについては今なお議論の余地が残されており、現在の法律がこうだからといって、今後も永遠にそうだというわけでもないということです。

 

おわりに

本記事では中立的に論点を提示したかったため、ぼくの意見はあまり記載していませんが、正直なところぼくにはあまり判断がつけられないでいます。気持ちとしては、取引所ユーザーのもとに渡ってほしいのですが、どこまで取引所に責任を求めていいか曖昧な状態で、取引所を悪者のように扱うのもまた違和感があります。取引所の義務については、日本が取引所の交換業者としての登録制を採用している以上、明らかにしていかなければならない部分でしょう。この点、明文上では交換業者は登録制なのですが、直近の動きを見ていると実質的に金融庁による許認可制になっているような気もするので、どちらにせよ法律の更新は早いペースで必要になると思います。

また、安易になんにでも所有権を裁判で認めようとすると危うい面あるとの情報も寄せていただきました。

課金したオンラインゲームは、ただ利用料を払っただけなのか、それとも権利を購入したのか、これも見解や感情が分かれるところだと思います。むしろ仮想通貨より当事者が多く幅広いだろうですし。

 

なんにせよ、法律がどう変わっていくべきなのかは、注意深く考えていきたいところです。

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