イスの定義、わかりますか?

イスの定義、わかりますか?

2018-06-14 0 投稿者: guntou

はじめに

あなたは、イスに座らない日はあるだろうか?

現代日本の暮らしにおいて、ある、と答える人はかなり少数派だと思う。和室でも座椅子などを使ったりする場面は多い。

では、身の回りのイスを、10個ぐらい思い浮かべていただけるだろうか。

なかなか難しいのではないだろうか。それならば、身の回りの座れそうなもの10個はいかがだろうか。これは、10個思いつきやすい。

では、座れるものとイスの違いはなんなのか、考えたことはあるだろうか?イスの定義はなんだろうか。“座れるもの”だろうか?

今回は、イスについて考えてみよう。

 

ある駅のベンチ

都内ではよく、このようなベンチを見かけるようになった。

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横向きのパイプが2本、支えられているだけであるが、これは多くの人がイスであると認識するデザインになっている。もし気づかない場合でも、だれか一人が座っているだけで、「ああ、これはベンチなのか」と理解できる。

おそらく、このようなイスになっている理由は、いわゆるホームレスや酔っ払いなどが横に寝転がって占有してしまうことを防ぐためであろう。このタイプのベンチでなくても、手すりが大きかったり、座面がやけに狭かったりというベンチが、駅や公共空間で目立つようになっているのは、同じ理由に違いない。

それらはまごうことなきイスではあるが、ベッドにはならない。

 

イスになったり、イスでなくなったり

人が腰を下ろして座れればイスだろうか

 

しかし、イスでなくても腰を下ろせるものはこの世にたくさんある。登山につかれたとき、ただの岩や木株はそのとき、イスとしての輝きをみせる。だが、その岩はイスか?と尋ねられれば、ノーと答えたくなると思う。

 

人によってイスであったり、そうでなかったりと変容するものもある。高さ30㎝ぐらいの踏み台は、大人にとっては踏み台でしかないが、子供にとってはちょうどよいイスだろう。

また、普段は列記とした機能を与えられている階段も、誰かが腰かければ、それはイスになってしまう。階段には、イスというアプリケーションを載せる余地があるのだ。

一方、逆に普段はイスだが、災害などの非常時には救急用品や避難グッズ等のストックとして機能するイスというのも、公園やエレベータ内に設置されていることがある。

 

座れないイス

コンセプチュアルアートという芸術の一分野がある。(デュシャンの『泉』が一番有名だろう)

概念芸術,観念芸術などともいわれ,1960年代後半から目立つようになった現象。芸術作品とは,芸術家がつくった物質的な物にではなく,概念そのもののうちにあるとする考え方。そのため文章や図版,写真といった情報伝達の機能が重視される。・・・

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その、コンセプチュアルアートの有名な作品で、ジョセフ・コスースという人が1965年に発表した『1つの、そして3つの椅子』という作品がある。

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(https://flic.kr/p/8oAYU1 より)

左から、写真のイス、実物のイス、辞書の中のイスが飾られている。この3点セットでひとつの作品である。

「これはなんですか」と聞かれたら、どれも「これはイスです」と答えるはずだ。しかし、この3つのイスはどれも座ることができないのである。おや、と思う人もいるだろう、真ん中のイスは実物だから座れるはずだ、と。しかし、よく考えるとこのイスはあくまでも美術館の展示品なのである。美術品に腰かけることは通常許されない。真ん中の実物のイスは、人が腰を下ろせるという機能を維持したまま、美術品という社会的文脈を上書きしているのである。つまり、座れないけど、たしかにイスであるという状況を体現している。

 

社会的な文脈上座れないイスというのは、探してみると身の回りにあふれている。

電車やバスの優先席は、空いていれば座れる。それらは決して専用席でも予約席でもないから、空いてれば座っていいはずだが、座りづらい。

部長のイス。部長が不在にしていれば、部長のイスは空いている。しかし、そこに座るのはなかなか心理的な壁が大きい。

洋式トイレは、腰かけることはできるが、服を着たまま腰かけるのは抵抗がある。半裸にならなければ座れないイスだ。

イスの業界は、自由にイスを名乗れるようで、意外と中身は不自由なのかもしれない。

 

おわりに

イスの定義は、たしかに、人が座れる、腰かけられる、腰を下ろせるものだ。しかし、その定義は非常に人間社会に都合よく解釈される。“座れる”という機能定義を保持したまま、別の制約が容易に課せられてしまうのがイスなのだろう。

普段は岩なのに、だれかが腰かけた瞬間にイスとしての責務を負わせられたり、腰かけなくてもイスであるという烙印を押されたりする。イスがイスであるアイデンティティは、人間の社会とか雰囲気とかイメージとか、こっちの都合で用意に変貌させられてしまう。もし、イスの権利愛護団体があったら、大変だと思う笑。

 

 

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ちなみにぼくは自宅作業用にはこのイスを使っている。紙とペンを使うことも多いので、比較的前傾姿勢での物書きもしやすいこのイスは気に入っている。

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