【書評】人生ではなく芸に笑おう『一発屋芸人列伝』著:山田ルイ53世

【書評】人生ではなく芸に笑おう『一発屋芸人列伝』著:山田ルイ53世

2018-06-27 0 投稿者: guntou

軽妙な文章が笑える

山田ルイ53世の本は初めてではありませんでした。以前読んだ、彼の自伝ともいえる『ヒキコモリ漂流記』は、読後に勇気が湧いてくるような良書でありました。本書もなぜか勇気が湧いてくる本です。

ルネッサンスラジオ”を聞いていた時期があり、表現のひょうきんさや、しゃれの聞いた毒っけのおもしろさは知っていましたが、本書も非常に笑いながら読める一冊でした。

 

“安心感”の安村と、“緊張感”のアキラ……全裸界の門を守る、阿形像と吽形像。

(本書p.185)

2018年に日本に住む人なら、この表現のおもしろさを理解してもらえるでしょうか。

文脈を共有しているからこそ笑える

本書に出てくる一発屋芸人は、この10年間ぐらい日本で生活している人ならば、ほとんど顔と名前が一致するであろう人たちです。しかも、どんな芸をして、どんな声をしているかまで知っています。週に一回ぐらいしかテレビを見ることがない僕でも知っています。

考えてみればこれはすごいことです。ツイッターに巣食うインフルエンサーなんて目じゃありません。オールドマスメディアの非常に強い部分ですね。

 

ただ、ハローケイスケだけは僕は本当に知りませんでした。なので彼の章だけは全然おもしろくなかったのです。つまり、僕の中で彼は一発屋ではないのです。文脈を知らないのです。なので、書かれている文章が奇をてらったものなのか、真面目な解説なのか、判断ができないのです。逆にこれを読んでから彼の当時の芸を見てもあまり楽しめないでしょう。よくもわるくもイマココ性の強い一冊であると感じました。

一発屋という生き方

本書によると、一発屋芸人たちで集まる会があるようです。“一発屋”と名乗るのは、自虐や自戒も込めているのだと思いますが、また同時にある種の矜持や誇りのようなものなのでしょう。まるで落語の屋号のようです。一発“屋”という名称もぴったり。

落語などと異なるのは、それを名乗ることを認めてくれるのが、世間であるということでしょうか。世間という師匠を、一度はうなずかせた猛者たちが一発屋なのです。まるで一発屋という職業があるのかのように思えます。

 

そして本書を読みながら、以前見たこのツイートのことを思い出しました。

一発屋とはワンダーなものだという価値観は、すこしずつこの日本でも認知されつつあるように思います。あちらこちらに認知度を上げたいと思う人がうごめくなかで、一発でもぶち上げた経験へのリスペクトです。

 

山田ルイ53世自身も一発屋ですが、一児の父でもあります。本書の末尾には、一発屋の名前を、戦没者や墓標のように思って欲しくないという旨の彼の願いがつづられています。

僕たちは、彼らの人生や生き方を笑うべきではないでしょう。一発屋という生き方は下品でもなんでもありません。彼らの「芸」に対して、素直に笑ったり批評したりすることこそが一番のリスペクトであるように思います

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